五島さんの尊父、伝さん(正しくはツタ工、通称デンさん)は、少年時代
より類い希なる運動神経の持ち主で、中学時代には中距離選手として名を
馳せ、長年四国の中学生記録保持者でした。
当時、五島家と親交のあった秋山家の好古大将にその才能を見込まれて、
東京の体育専門学校(現・日本体育大学の前身)へ進学を薦められました。
そして卒業後、その秋山好古が校長を務めていた郷里松山の北予中学(現
・松山北高校)に教師として赴任、ここに伝説的な熱血先生「五島の伝さ
ん」の誕生となったのです。
以来、子弟の教育に終始信念を貫き通し、当時の学生に「頑張る精神」を植
え付けることに一生を捧げた名物教師、伝さん。
ある時は、生徒たちを連れて自転車で四国一周旅行をしたそうです。
何事も途中で投げ出したり止めたりせず、最後までやり通す強い子供にすべ
く指導されたのです。
また、当時の松山には格好のライバルだった松山中学、松山商業、松山工業
などがあり、勉強やスポーツ、その他諸々で競っていましたが、「頑張れば
報われる」をモットーに、ユニークな採点方式で生徒たちにやる気を起こさ
せ、競争に勝ち抜く指導に力を入れました。
さらには、私財を投じて自宅の庭に土俵を作り、生徒を集めて400年来の日本
の伝統の相撲の極意「押さば押せ、引かば押せ」の教育をされました。
名物教師、伝さんは熱血漢であり、怖さあり、思いやりあり、親しさありの
私心のない教師として未だに語り草になっております。
その伝さんの教育を受けた子弟の多くが、焼土と化した戦後愛媛の復興の原動
力となり、今日の繁栄をもたらしたことは、まさに教育の理想であると思いま
す。
昨今、青少年育成については地方自治体やライオンズクラブ等、いろいろな奉
仕団体が深刻な問題として捉えており、健全な教育に真剣に取り組まなければ
ならない状況です。
今こそ是非とも「五島の伝さん」の精神を理解し、参考にしていただきたいも
のと存じます。