松山赤十字病院小児科カウンセラー
えひめ親子・人間関係研究所
臨床発達心理士
平林 茂代
自己実現とコミュニケーション
自己実現という言葉があります。広辞苑では「自分の中にひそむ可能性を自分で見つけ、十分に発揮していくこと。またそれへの欲求」とあります。
アメリカの人間性心理学者であるマズローという人は、自己実現について研究し、人間行動の動機には欠乏欲求と成長欲求があることを提唱しました。前者は食、性、排泄、睡眠、休息などへの生理的欲求、および安全、所属、愛情、尊敬などへの社会的欲求であり、後者の成長欲求はその欠乏欲求が満たされて初めて活性化すると述べています。自己実現は成長欲求に関係付けられ、自己一致、自己受容、自己肯定感が得られ自らの持っている能力を発揮して目標や使命を達成していこうとする欲求といえ、それは高次の自己実現欲求にもつながっていくと考えられています。
世界中を見渡すと生理的欲求や安全も満たされず、欠乏を満たすために24時間を費やされてしまう生活もまだまだ数多くあります。日本での私たちの生活の中では国の制度や共同体の働きなどで生理的欲求は基本的に満たされているといってよいと思います。
昨今、安全を脅かされるニュースがありますが、安全も基本的には満たされているといえます。所属、愛情、尊敬などの社会的欲求はどうでしょうか。
病院での心身医療にかかわりながら、「自分が何者かわからない」「働く意欲がもてない」「何のための勉強か意味が感じられない」「居場所がない」と訴える子どもや若者が多い現実と直面しながらマズローのいう社会的欲求の充足が課題であることを痛感します。
子どもや若者の心を通して家族や社会を見ると、日本の社会の急速な変化の中で、戦前、戦中、戦後、その後、経済が豊かな時代の人たちと何階層にも折り重なって人々が暮らしている社会で、一人一人の価値観や人生観の違い、また生活形態もそれぞれ違ってきています。それだけに社会的欲求である人間関係、すなわちコミュニケーションの問題は意識的な取り組みが求められると思います。
集団生活の中でお互いに助け合い、表現しなくてもわかりあえると信じて育ってきた世代の私ですが、社会に出て自分自身が見えなくなり、悩んできた一人です。「個人が自分の欲求を満たしていく責任は自分にあると自覚を持ち主体的な生き方をしていく姿勢が重要」と思ってからが自分の人生を生きているという実感が持てるようになりました。自分の感情や欲求に気づき、「自己表現」して周りの理解や協力を求めていく力こそ自分に責任を取っていく生き方につながると考えます。
参考文献:臨床心理学大辞典・広辞苑・自己実現のための人間関係(大和書房)