このシリーズは、 「坊っちゃん」 十二景と
したため 小説の中の二つの重要な場面が
省略されてしまった。
一つはうらなり君送別の宴会の場面。
もう一つは日清戦争戦勝祝いの日の学生たち
の乱闘場面である。
この二つの場面は残念ながら回数の関係で
掲載出来ない。
さて、今回は温泉町ゆのまちの角屋という
旅館から出てきた赤シャツ、 野だいこを
坊っちゃんと山嵐が打擲する場面である。
なぜこの二人が殴られるのかといえば、
物語の中に大きな伏線がある。
赤シャツが、 古賀先生ことうらなり君の
許嫁いいなづけであるマドンナに横恋慕し、
自分のものにするため邪魔なうらなり君
を宮崎県の延岡へ転勤させたことである。
いつの世にも、 卑劣な人間は黴のように
密かに暗闇の中で繁殖し、 思わぬところへ
侵入している。
小説の中の赤シャツの言動は、 常に沈着
冷静を装いながらそこに嘘が潜んでいて、
自己の目的に導く計画的罠が仕掛けられ
ている。
坊っちゃんと山嵐はそのことに気づいていて、
この種の人間を懲らしめるには鉄挙制裁
しかないと判断していたのである。
角屋の向かいにある枡屋の二階で障子の穴
を覗き続ける。
八日目の夕刻、 赤シャツと野だいこの姿が
現れる。
その前に馴染の芸者二人が先に角屋へ入って
いる。
翌日の朝五時、 赤シャツと野だいこの朝帰り
の途中を襲い、 存分に制裁を加えるのである。
この小説の愉快さはこの場面にある。
読者は溜飲を下ろし、 蓄積した日々のストレ
スを発散するのである。
山本 力雄