松山中央ライオンズクラブ
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2009年12月

エッセーリレー少年時代11月号

「腹ペコで、何でも食べたかった少年時代」

竹田 祥一
 昭和20年8月15日終戦を迎えた時、私は余土小学校の四年生でした。私が米軍の兵士(当時は進駐軍と呼んでいた)を間近で見たのは私の住んでいる余土駅前の食堂だった。或る晩、父の用事で食堂にお使いに行くと、そこで地元の青年と進駐軍の黒人兵とが睨み合っていた。相手は進駐軍だ、どうなるんだろう…。取り巻きの客と固唾を呑んで見守っていると、いきなり黒人兵が青年の顔を殴りつけ、胸へ拳銃を突きつけた。ホールドアップさせられた青年は怒りに眼を血走らせ、上げた手をぶるぶると震わせながらいかにも悔しそうに店から飛び出た。私はこれを目の当たりに見て子供ながら進駐軍の絶大なる権力を見せつけられた。
 当時は食糧難で、とくに甘いものに飢えていた。そんな時、進駐軍の兵士が子供にジープで来てお菓子をくれるとの噂が耳に飛び込んできた。食堂で青年が拳銃を突きつけられた光景が頭にやきついている。甘いものほしさにある日こわごわと列へ加わった私に、大柄の米兵は笑顔でガムを配ってくれ、次は大きな棒状のチョコをナイフで削って手の平へ乗せてくれた。「ありがとう」とピョコリと頭を下げ、少しずつ舐めたときの美味しかったこと。こうして進駐軍の気前の良さと優しさを知った。当時は同じ米兵でも優しい連中と凶暴な連中の二種類いるのだろうぐらいに思っていた。或る日、いつもどうり行列すると小さな銀色の袋だった。振ってみるとサラサラと音がする。おっ、何かの粉らしい。嬉しくなって急いで封を切り、少し舐めてみた。うむ?…。ガムやチョコとは違って甘みがない、生まれて初めての味だった。そのうち美味くなるのだろうと期待して舐めたが、最後まで変わらなかった。後日、あの時の粉がアメリカ製の歯磨き粉だと分かって皆で大笑いした。歯ブラシはあったが歯磨き粉など見たことがなかった時代のことだった。


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