松山中央ライオンズクラブ
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2009年12月

ライオンズの思い出⑤

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ライオンズの思い出

清水 信行

 私がライオンズの思い出を語るにはいささか早いような気がしますが、入会30年を振り返ってみる節目として考えてみたいと思います。
 入会は1978年に商工会議所で一緒だった石川八郎氏のお誘いで入会しました。
 お酒も飲めず、不調法な私でしたが、ライオンズの会合という名のもとに夜の町の勉強も随分とさせていただいたものです。
 2年目には山内啓司朗氏の下で保健副委員長を任命されました。当時は各委員会に25万円の予算が割り当てられておりましたが、現在のように継続アクトがあまりなく殆んど委員会の中での話し合いで使途を決めておりました。
 3年目に保健委員長をお引き受けした時に、委員会のテーマの「ダメ!ゼッタイ麻薬撲滅運動」の一環としていっぱいに作ったステッカーは、なんと5万枚にものぼり、とても会員だけでは配りきれるものではありませんでした。そこで東署へ寄付をして贈呈式までしていただき、愛媛新聞にも大きく取り上げられました。各自治会などで配布していただき後々まであらゆる所でそのステッカーが貼られているのを見て安堵したものです。
 その後、言われた委員長職は何でも引き受けておりましたが、先輩から幹事か会計を引き受けると会長職がまわってくると聞かされておりました。私は亡き母に商売人は三途の川を渡ってはいけないと教えられました。ここでの三途の川とは「印つかず、役つかず、ウソつかず」という意味のことです。しかし、チャーターナイト30周年の副実行委員長が幹事に匹敵すると言われ、1988年に会長職を承りました。恥ずかしながらこの1年間は無我夢中で何も覚えておりません。幹事の亡き織田政毅氏や会計の盛重二郎氏に助けていただきながら何とか遂行できました。
 現在の中央ライオンズクラブが皆様に賞賛されているのは、やはり若い方達の力が大きいと思います。我々が受け継いできた伝統を守りつつ若い人の観点で自由に伸び伸びと次世代に繋げていって欲しいと思います。
 最後にひとつ。仕事あってのライオンズでございます。車の両輪のようにライオンズ活動と企業活動をバランスよく両立させて頑張って下さい。


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