松山中央ライオンズクラブ
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2008年1月

童謡シリーズ③ 「赤とんぼ」

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いつしか秋分を過ぎ、 「赤とんぼ」 がにあう季節になってきた。
9・10月は学校では運動会のシーズンである。
運動会は運動が得意な児童生徒にとって、 一番の見せ場である。
 運動能力には個人差があると感じていたが、 その考えを覆され
る場面に出くわした。
 それは、 鹿児島の田舎にある小さな保育園を訪れたときである。
 この保育園にいる5歳の子どもたちは、 みんな同じように、
8段の跳び箱を跳び、 側転をし、 プールでは見事に泳いでいた
のである。
 特訓をしたのであろうかと、 その園の理事長に尋ねたが、こた
えは違っていた。
「できることは面白い。 面白いから練習する。練習すると上手に
なる。 上手になると大好きになる。 そして次の段階に行きたく
なる。この繰り返しと毎日の積み上げでどの子も好きなことに天才
になれる。」 と話された。
ここにいる幼児たちも今日になって、 突然できたわけでなく、
毎日好きなことを自分たちの意志で続けたことによりできるように
なったのであった。
 運動神経の90%は6歳までにできあがると言われている。
それまでに、 どれだけ、 子どもたちに運動に対する動機付けがで
きるかが、 我々の役割であると改めて思い、 帰路についた。

                      二宮 一朗


童謡シリーズ④  「どんぐりころころ」

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 子どもの頃に誰もが歌ったことがある 「どんぐりころころ」。
 この歌の歌詞を見ていると、 その奥にある 「ことばの意味」
 を感じ取ることができます。
  「どんぐりころころ」 は、 青木存義 (ながよし) の作詞
 で、 1921年に 「かわいい唱歌」 に収められました。
 2番まである曲で、 2番の歌詞は

   ♪どんぐりころころ 喜んで
    しばらく一緒に 遊んだが
    やっぱりお山が 恋しいと
    泣いてはどじょうを 困らせた♪

 というものなのです。
   しかし、 これではなんだか途中で終わってしまって
 いる感じがします。 しかし、 青木さんの母校である
 松島第五小学校では今でも、 幻の3番として歌い継がれ
 ているそうです。
 
   ♪どんぐりころころ 泣いてたら
    仲良しこりすが とんできて
    落ち葉にくるんで おんぶして
    急いでお山に 連れてった♪

 心温まる歌詞ですよね。 実は、 各地に様々な3番が
 あったり、 この3番をふまえて4番の歌詞を作ったり
 したそうです。 どの歌詞も、 子供たちの想像力をかき
 立てるような優しい歌詞のようです。 2番以降の歌詞は、
 子供達が自分で作る、 そんな感性を育てることも、
 どんぐりころころの作者の願いだったのかもしれません。

                    二宮 一朗


童謡シリーズ⑤  「ちいさい秋みつけた」

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 この曲は昭和30年のNHK放送記念祭で発表されました。
 サトウハチローは 「流行歌を作る人は何千人もいる。
でも子供達の歌を本当に打ち込んで作る人は何人もいない」
と他の仕事に断わりを入れて作詞に取りかかったといいます。
 東京都文京区の自宅部屋で、 いつもの様に布団に腹這いに
なり枕の上のノートに向かっていた時、 ふと顔を上げると窓
の外でハゼの葉が見事に紅葉しているのを見つけます。
 たそがれ時の静けさを破りモズがけたたましく鳴くのを聞き、
はらはら落ちる赤い小さな葉を見て、 次第に心が澄んでゆく
のを彼は感じていたのでしょう。
 耳に感じる秋, 肌に感じる秋、 目に映る秋、 それも最初
はぼんやりと、 次第にはっきりとしてくる秋の気配。
 実に見事に 「ちいさい秋」 が歌われています。
 完成当時、 歌っていたのは十三歳の少女・伴久美子、
 しかし、 この歌は一回きりの放送だけでレコード化される
までには7年を要しました。 彼女はすでに引退していたため、
ボニー・ジャックスがレコード化し、 その年の日本レコード
大賞童謡賞に輝いています。
 文京区のサトウハチロー邸跡、 人手に渡った敷地は駐車場
に変わりましたが、 歌詞の三番にある 「はぜの葉あかくて
入日色」 と歌われたハゼの木だけは、 今も健在だそうです。
 様々な人生模様を見つめてきた老木は、 変わらず赤く色付
いて、 今年も静かに行く秋を惜しんでゆくことでしょう。

                      二宮 一朗


童謡シリーズ⑥   「雪」

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  「♪雪や (   )  あられや (   )  
   降っては降ってはずんずん積もる♪」
 
 皆さんどのように歌っていますか? 
 『こんこん』 と歌っていませんか?
 正解は 『こんこ』 です。
 
 ところで、 「こんこ」 とは、 何なのでしょう。
辞書でひいてみると、 「雪やあられが盛んにふっ
てくるさま」 とあります。
 しかし、 国文学者の池田彌三郎さんは、「こうこ=来い」
の意味で、どんどん降って来いと呼びかけていると説明して
いるのです。
 ではいつのまに、 「こんこん」 と歌われるようになった
のでしょう。 「こんこ=来い」 の意味を理解する人が少な
くなったことがあるかもしれません。  
 また、 次から次へと水が湧いてくる様子の「滾々(こんこん」
や、 深く 「昏々 (こんこん)」 と眠るなどという言葉が、 
絶えず雪が降り続くイメージと重なって雪が降る様も「こんこん」
と言うようになったのかもしれません。
「こんこん」 を辞書でひいてみると、
1. 狐の鳴き声、 2. 咳の音、 3. 堅い物をたたく音、
そして4番目に4. 雪やあられなどの降るさま、 と出てきます。
 実は、 4番目の意味は最後に出来たもので、 童謡「雪」を
こんこんと歌ってしまったことが原因で定着し、 辞書にも載った
のではないか、 考えられています。
 他にも、 勘違いをして覚えてしまい、 歌っている曲などあり
ませんか? 
 身近で歌いなれている曲ほど、 案外勘違いをしているものなの
かもしれません。
 
  「♪や~ま~も野原もわ~たぼ~しかぶり♪」

 この綿帽子は日本のお嫁さんが結婚式の時に被る白いあの綿帽子
のことで、 雪をお嫁さんの綺麗さ美しさに例えてあるんだそうです。

                        二宮 一朗


童謡シリーズ⑦  「お正月」

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お正月、こども達に 『おとしだま』 をあげた方もいらっしゃることでしょう。
 『おとしだま』 とは、 そもそも何だったのでしょう? 本来、 正月には
五穀豊穣を司る 『年(歳)神様 (としがみさま)』 をお迎えしてお祝いを
します。
 その年神様へのお供え物で重要だったのが餅。 特に、 魂が宿ると考えられ
ていた 鏡 を模した、 平たくて円い"鏡餅"をお供えしたのです。
 また、 小さな丸餅もお供えしその後皆に配りました。 年神さまから、魂の
宿った餅をいただき新たな生命力を得ることから、「年魂・年霊(=としだま)」
と呼んだのが、 おとしだま の語源だと言われています。
 他にも、 年の初めの賜り物、 「年賜」 からきているという説などもある
ようですよ。おとしだまは、 室町時代には、 年始の贈り物として広まって
いきます。この頃は、太刀・すずり・酒など、 いろいろなものが贈られた
そうです。
 江戸時代になると、 商人からは扇子、 医者からは薬など、 身分や家業と
関係の深いものが贈られ、 明治時代には手ぬぐいなど簡素で実用的なものへ
と変遷していきました。今では、 こども達にあげる贈り物やお金を言うこと
が多いですよね。
 ところで、 おとしだまの袋を 「ポチ袋」 と言いますが、 これは ほんの
少し を意味する ぽち から来ているそうです。
 さて、 アンケートによると、 小学生がもらったおとしだまの総額は、
平均24,527円だそうです。 多い? 少ない?いかがでしょう。

                             二宮 一朗


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